

今日は、朝から会議。やっと駅に着くと、なにやら怪しい雰囲気・・。電車が動いていない!
私は、地方出身のためか、都内のごみごみした生活は好きではないため、会社から約2時間ほど離れたところに住んでいる。
しかし、こういう状況になると、軽く数時間足止めを喰らってしまう。
すかさず、会社に連絡をいれ、予定されている会議には、インターネットを通して参加する旨を伝えた。。
家に戻り、「でも、うちは、まさに、そういうことをするための製品を販売している会社だから、こんなことが受け入れられるものの、なかなか、まだ、普通の会社では理解されにくいだろうなぁ・・・」などと考えながら、マイク等のセットを行っていた。
一昨日、IBMさんが、代表的なメタバースの1つ、セカンドライフ上にセミナー会場を設置し、その中で、業界人によるセミナーが行われた。私も、パネリストとして自社のネットワークから参加したが、思っていた以上に反応が良いように感じた。 特に、このような形式による催しは、地方で真剣に活動をしている企業家の方々も参加しやすかったところが、普段東京のみを中心として行っているリアルのセミナーと違いウケがよかったようである。
実際に仮想空間のソリューションを提案しようとしている来場者からは、こんな質問があった。その方自身は、もちろん、こういった手段を用いたコラボレーションが非常に有効なものだと理解しているものの、それをなかなか顧客に伝えにくいという点に困っているとのことだった。
全パネリストの意見は一致していた。「実際に体感していただくほかいい方法はない」。
私も同意見である。そもそも、このメタバースというものは3次元空間に、アバターとよばれる疑似人間がリアルタイムで会話をすることで、リアルと錯覚するような雰囲気が流れていく時間の流れが存在する場である。
リアルの会話では、1つ1つの言葉の間に、間という心理的要素が含まれる。だから、メールよりは、電話、そして、電話よりは、直接会って話をしたほうがよいということは、異論の少ないところなのだが、電話かリアルかという間に存在するのが、メタバースであろう。
これこそが、本来、距離という制約のないインターネットがもっともすべき役割ではないか。。
今のインターネットは、単に静的な手紙をWeb上に掲載したにすぎず、電子ライブラリ的な使い方が大半を占めている。しかし、それは本当にインターネットの最大のメリットを使いきっているとはいえないのではないだろうか・・・。
私は、社内のメールや、社内IMなどで、顔文字を使用することが結構多い。
少し調べてみると、顔文字が誕生したのは1982年。米IBMの研究者Scott E. Fahlman氏が、掲示板に投稿した冗談や皮肉が、別の人には、まじめに受け取られるという場合があり、そうした誤解を防ぐために考えたのだそうだ。 ちなみに、このときはじめて使用した顔文字は笑顔を表す「:-)」だったらしい。
読者を限定することができない。半永久的に文章が晒しつづけられてしまう(あとから文章を消しても、その以前にコピーが誰かにとられて自分の手の届かない別の場所に掲載されることだってありうる)。 そんなインターネットという場は、リアルの公共性すら超越した、すさまじいエネルギーをもった空間なのである。
会社の命により、今日からなんとなく^^; ブログなるしろものを書き始めてみることにする。
いきなり、非積極的な発言で関係各位には申し訳ないw
というのも、このブログについて、どのようなスタンスで文章を残していくのか、私自身がまだ、整理できていないためである。
などと言っていると怒られそうなので^^;
こうして書きながら、このブログというもののスタンスも臨機応変にw スタンスは変化していくことをご了承願いたい。
生あたたかく、見守っていただけたら幸いである。
鎌田卓 / Kamata Taku
(3Di株式会社取締役 CTO)